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スポーツスペシャルインタビュー#2 バスケットボール:Bリーグ「東京サンロッカーズ」株式会社サンロッカーズ 神田康範代表取締役社長 / Part1

2026-27シーズンはBリーグが変革の時を迎え、「Bプレミア」と呼ぶ新しいリーグでの戦いがスタートする。それに伴って、プロバスケクラブの中で日本最古であるサンロッカーズも大きな決断をした。渋谷区から江東区への本拠地移転。さまざまな状況を考慮した上での大英断だったと容易に推測できる。名称もサンロッカーズ渋谷から東京サンロッカーズへ。新たに船出したチームを司る神田康範社長にリーグ戦目前の心境を伺った。

サンロッカーズが江東区に移転するまで

ーー2026-27シーズンからホームアリーナを「TOYOTA ARENA TOKYO(トヨタアリーナ東京)」へ移転されました。どういう経緯でこの決断に至ったのかを教えてください。

サンロッカーズは2026-27シーズンで91周年を迎える日本最古のバスケットボールクラブです。Bリーグ発足後も10年間にわたりずっとB1で戦ってきました。新シーズンから日本のトップリーグとなる「Bプレミア」で戦うことは、我々が必ず達成しないといけないことで、参入条件である収入や集客は自力で組み上げることができましたが、アリーナの条件だけは私が就任する前から、さらに言えば、サンロッカーズを日立さんが運営していた時代(現在はセガサミーグループが運営)から渋谷区を本拠地にしていたこともあって、アリーナ建設に向け、渋谷区内のさまざまな場所の話が出ては消えるを繰り返していました。

ただ、条件達成の期限が迫る中で「Bプレミア」で戦うための手段として、バスケットボールが盛んな江東区に「TOYOTA ARENA TOKYO」ができるという話がありましたので、同アリーナを運営するトヨタアルバルク東京社長の林さんに相談して、共同で使わせていただくことになりました。

ーー渋谷から離れることは神田社長やチームにとって苦渋の決断だったのではないですか?

渋谷といえば世界中の人が地名として認知していると言っても過言ではない素晴らしい区だと思いますし、そこで Bリーグがスタートしてから10年間も戦ってきましたので、愛着とかプライドをもっていました。ホームタウンを移すことできたから、すぐに全てがハッピーになったわけではないと思っています。ファンの想いも含めて。ただ、渋谷区にこだわって「Bプレミア」の舞台に立たないという選択を、我々やファンが迫られた時に、このクラブはその舞台に立つべきだろうという考えのもと江東区に移転する決断に至りました。

ーーこれまでの本拠地に関しての具体的な苦労を教えてください。

これまでずっと青山学院大学の体育館を利用していました。ただ、そもそも興行を目的に造られた建物ではなく、あくまで教育機関としての体育館です。運営する上で苦戦した部分はあります。Bリーグが発足した初期のころは、座席数が今より断然少なく、2023年に座席を追加してようやく最大5000人が入れる仕様になりました。とは言え、毎試合、椅子を運んで設置して飾り付けするために、フロントスタッフは朝5時から準備を始め、試合後、夜中まで片付けをしていました。

また、スポンサーさんのアクティベーションがなかなかできないことも苦労した点です。例えばブースを出すにしてもスペースがない。コマーシャルを流すにしても館内の端に設置した小さな画面しかない。さらに、選手のロッカールームは10畳ぐらいのところにパイプイスを置いて…という状況でした。一方で、10年間も同じ場所でやってきましたので、我々にとっては大事な場所にどんどんなっていきました。何より距離感がとても近い。新しいアリーナにはない良さがあったと思っています。今後、各地の施設がどんどん最新型に入れ替わっていくことを考えると一抹の寂しさもあります。

次のパートでは新アリーナと今後についてお聞きしました

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